2011年5月5日。
近所の散歩道で見つけたクモは、
何年も探し続けていた新種のクモでした。
【何気ない散歩道】

晴れた春の日に、娘のみことと家の近所を散歩していました。
この日は天気が良かったから、歩きながら
二人で何気なく生き物観察をしたりしていました。
とある場所で、クモの巣が目に入りました。
壁面に、白く汚したような小さな網がいくつもかかっていました。
何秒か眺めてて、瞬間、心臓がギュッって痛くなって、
これは!と目が身体ごと引き寄せられました。
ずっと探していたクモの巣に似ているのを思い出したんです!
グッと壁にへばりついて、瞳孔をカッと開いてよく見た。

【上:巣】

【上:クモに食べられたと思われるヨコバイの仲間】

【上:ハエの仲間】

【上:ダンゴムシの仲間】

【上:ヤスデの仲間】

【上:巣の入り口に出てきてるのもいるじゃないか!】
岩壁のくぼみに張られたボロボロの網。
指輪物語のシュロブよろしく網の上に散乱した獲物の残骸。
だから、全体的に汚れた壁のように見えるコロニー。
これは!!
といよいよなって、挙動不審になりながらも、
なんとかサンプリングにたえるビニール袋をポケットから引っ張り出す。
一つの巣を小さな木の枝でそっとかき出したら、
奥から変なクモが飛び出してきた。


これはあ!!!
ついに見つけた。カヤシマグモの仲間だと思った。
日本からは正確な記録のない幻のクモ(※1)。
何年もかけて、いそうなところを探しまわったのに、
見つけきれなかったクモ。こんなところで出会うなんて!!
心臓がバクバクしてて、うそでしょ~って感じで、
訳が分からなくなってしまいました。
このあたり、みことの記憶がないけど、どうしてたかな(笑)
後日、今度は一人で調査に行き、雌雄のサンプリングと、巣の確認、配偶行動のような動きの観察、卵のうの確認など、一連の生態写真を撮影することができました。
これらのデータを、沖縄のクモの専門家である、東京大学の谷川明男博士へ送付し、詳しく見ていただきました。
その後、クモは、国立科学博物館の小野展嗣博士によって、和名をリュウキュウカヤシマグモ、学名を
Tricalamus ryukyuensis(※2)として、2013年に正式に新種記載されました。
近所の散歩道で見つけたクモは新種のクモでした。
すごいことだけど、僕は特別すごいことはしていないことに気づきました。
新種を求めて未開の奥地に分け入ったわけではないですし、たまたま、そんなクモに興味を持って気にしていただけです。
新種のクモを発見した、ではなく『そのへんにいたクモが新種であることに気づいた』というのが実際のところでした。
(ちなみに昆虫の中のマイナーなグループなどでは新種かどうかの判断さえ付かないものがたくさんいます)
気にすると、いろんなものに気づきます。
やんばるだけが自然じゃなくて、近所の公園やコンビニまでの間にだって、いろんな自然があって、どれも奥深いものだと思います。
学術的な発見は、こうした身近な自然の観察から始まることも多いのではないでしょうか。
身近なところにまず発見がある。
みんながもっと身近な自然を気にするようになり、そういう目線で自然に目を向けるようになると、いろんな発見や情報が集まって、自然史研究はさらに厚み(熱み)を増すのではないでしょうか。
そしてこれらは、もっと楽しんでいいものだと思います。
ただ、面白い~!だけでもいいんです。
調子に乗って随分えらそうなことを書きました!
でも、自然への気づきをもってほしいというのは、僕の一番伝えたいところです。
面白くなって、好きになって、こういう世界が無くならないでほしい、と感じることが自分なりの自然保護への第一歩だと思います。
このクモの標本は、模式標本(※3)となり、国立科学博物館に登録され、標本室に保管されています。
また、谷川明男博士により、日本産クモ類目録に記載されました。
そして、我が家の散歩道は、このクモの模式産地(※4)となりました。

【我に返ってみこととパシャリ】
※生息地保護のため画像を加工しています
※1 幻のクモ
日本(沖縄)からは雌の個体のみで記録されていて、正確な採集記録が無く、ここ何十年も採集記録の無いクモ。種として記載された場所は台湾で、台湾には普通に生息している。今回発見したクモは、結局この記録のあったカヤシマグモとも違う、新種のリュウキュウカヤシマグモという結論になった。
※2 和名・学名
研究者が「これは新種です」と論文を発表した場合、どんな生き物にだって名前が付けられる。そのうち、日本国内で通用するのが和名、世界で共通なのが学名。学名は、国際命名規約によっていろいろと規定されている。
人間の場合、和名がヒトで学名はホモ・サピエンス(
Homo sapiens)となる。
※3 模式標本
新種として記載した論文の中で、実際にその研究に用いた一連の標本のことで、タイプ標本ともいう。このうち、研究者が指定した唯一の標本をホロタイプといい、この先何百年後も、この種のことを述べる際、一番に基準となる最重要な標本。
※4 模式産地
模式標本となった個体が採集された場所のこと。
◆画像の無断での使用を禁止します◆