沖縄を代表する蛇、ハブ。
ハブにはいくつか思い出があります。
昔、こんな体験をしました。

山原、初夏。
西海岸の座津武という場所で虫採りをしていた僕は、ジムニー(当時の愛車)で林道を流していました。
梅雨が明け、虫たちがムワッと溢れかえる頃。
あてどもなく珍虫を追い求めていた僕は、虫たちの気配が気になって気が気じゃありませんでした。
瞳孔ばっくりの挙動不審でしょう。もしこの時、警察に職務質問されていたら長引くのは必至な面構えでした。
緩やかな上り坂を上がりきり、左カーブに差し掛かったとき、前方に白い2tトラックが止まっていました。
狭い道の真ん中に止まっているから、抜こうにも抜けません。それに、トラックの後に運転手らしい人がいて、何か道に横たわっているものを覗き込んでいました。
どうやら、蛇を轢いたようでした。それもハブを。
僕は興味本意で車を降り、おっさんに近寄りました。
半袖に作業着ズボンの小太りのおっさんは、僕をチラッとだけ見て、僕が話しかけるより先に、愛想の良い感じで言いました。
「ハブ轢いたけどよー。雌だなあ」(※)
おっさんが言いました。
雌?
「卵があるさー」
見ると、裂けた腹から卵巣のようなものが飛び出していて卵のような物が見えました。
っていうか、体はよじれて皮は裂け、新鮮な肉と内臓が露になって艶々としていて、かなり凄惨でした。
おっさんは何だかばつが悪そうに、あいやー的に頭をかいて、それでも気持ちを入れ換えたようで、明るい感じでまたトラックに乗ってサッサと行ってしまいました。
せっかくだからまじまじと見てやろうと、僕はハブに近寄りました。
前屈みになり、轢かれたばかりの雌のハブの死体を見ました。
さっきまで生きて動いていたとは思えないぐらい、悲惨な姿になっていました。全く動きません。
大きなハブ。1.4メートルぐらいはあろうか。
顔は、まだ綺麗だ。
…これはなんだ?やっぱり卵なのか。
僕はさらにグッと近づこうと、体勢をいったん起こそうとしました。
その瞬間、何かの視線を感じて、ギクッってなった。
瞬時に、視界の端にいる視線の主をとらえた。
僕とハブの死体から少し離れた路肩の茂みから、別のハブがこちらをジーッと見ていました。
僕はぎょっとなって、明瞭に怯んだ。
しばらく、思わず視線を交わした。
…頭のサイズから見て、死んでいるハブと同じぐらいの大きさだ。
なんだ?何してる?
突然、怖くなりました。
子供が恐々犬を追い払うように、僕はシッシッと茂みのハブに向かって威嚇しました。
だけど、ハブは僅かに顔を揺らすだけで、なかなか動こうとしない。ジーッとこちらを見ている。
こいつは何か考えている?
僕はもう完全に恐々と、シッシッとした。
ハブは、ゆっくりと、渋々と、名残惜しそうに茂みの中に踵を返した。
よし。いなくなった。
ハブが茂みの奥にいなくなってから、ゆっくりと、轢かれたハブに視線を戻した。
…。
さっきのハブはこいつの仲間なのか。こいつを気にしているのか。つーかヘビってあんなことするのか。あいつは何してた?
色々な疑問が頭をよぎりました。
ふと視線を感じた。
僕はゾクッとした。
見ると、なんとまたあのハブが同じ茂みからこちらを見ている。
真っ直ぐに、目が合った。瞬間、全てを悟った。
このハブの夫だ。
あの視線は僕を射ぬくためなどではなく、僕の向こうの彼女を見ていた。
横たわって動かなくなった妻の死体を見ていたのだ。
さすがに、死んでいることはわかったのだろう。そんな気がした。
僕にはハブの気持ちはわからない。ハブ語も知らない。
ただ。
あの目は泣いていたんだはず。
相方を置いては行けなかったのだろう。
僕は、悲しいような恐ろしいような気持ちを押さえつつ、逃げるようにその場を離れました。
6月の頃、太陽と森がとても仲良くて、行けばいくほど生きものの匂いが濃くなって、期待と興奮で一人だとむせかえりそう。
命の活気に満ちた、木漏れ日の差す林道で、一つの命が消えていました。もしかしたらいくつかの命が。
さて、2015年1月。
最近、猫と小鳥の轢死体をよく見かけます。
もはや日常の光景とも言えます。
死んでいる彼らそれぞれがドラマの主人公で、何かの最中に突然命を落としていたとしたら。
きっと彼らは、自分が死ぬなんてわからなかっただろう。
そう考えると、何とも言えない気持ちになります。
あの夫婦ハブはどうしただろう。あの時、僕が去ったあと、寄り添ったのだろうか。
そもそも夫婦だなんて。
僕の単なる想像に過ぎないけれど。

ハブの脱皮殻。
※沖縄では、運転手はハブを見かけるとあえて轢き殺すことが少なくない。年配の方ほどその傾向があるのではないか。
昔からハブによる咬傷被害を体験してきた先輩たちを考えると当然のことかもしれない。
今でこそハブは美しく希少で壮麗な蛇だと思えるものの。
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