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アルカエの日々のこと

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情熱の虫、ハラビロトゲサシガメ。

2018年5月1日。沖縄本島国頭村、時間は夜の午前1時14分。

僕はついに、出会ってしまった。


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一見樹皮に見える隠蔽的な姿形。どこにいるか、わかりますか?



Neocentrocnemis sp.,和名ハラビロトゲサシガメ。カメムシ目サシガメ科に属する肉食のカメムシ。

沖縄本島のやんばると西表島の森の中から見つかっていて、台湾から近い種が採れているけど、沖縄のものは種として未だ記載のされていない未記載種。


すごく珍しい虫で、西表島では比較的見られるようだけど、沖縄本島では宇宙人クラスに珍だ。

今回見つけた個体は、僕の知る限り、沖縄本島から三頭目の発見になる。


特徴的なのはその外見。淡褐色と濃褐色のまだら模様の体色は、まるで菌類に覆われた樹皮のような色彩。

体型も、平たいうえに脚や体の縁にトゲ状の突起が多く、全体にギザギザしているから背面から見ると体の輪郭が捉えづらい。色彩も相まって樹皮によく溶け込んでいる。

実際、そのような大木の生えるいい感じの森林に主な生息地を置くようだ。

隠蔽型擬態*を体現する、まさに深森の住人である。




情熱の虫、ハラビロトゲサシガメ。_a0247891_04375703.jpg
Neocentrocnemis sp. ハラビロトゲサシガメ(カメムシ目サシガメ科) まだ幼虫です。




でもね。

この虫に会いたい一心で、この6年間、何度も何度も森に行ったし、昼も夜も無く森にいたし、この虫を見つけるとしたらこんな感じだろうなってイメトレは幻覚が見えるほどしたし。

それでも、見つけきれなくて。


知人の虫屋さんが西表で採ったって話を聞いて泣きそうになったし、でも本島で採るための参考になるから情報訊くし、メモ取りながらもっと泣きそうになったし。


それでも見つけきれなくて。

去年に至っては、なんと小学生の子どもが採ってしまったし…。しかも本島で(有名な虫屋さんのお子さんで、神童かもしれないのだが)。


会えない運命なのかな。月と太陽なのか。

あきらめではないけど、どこか心の中で距離ができ始めていた。


そんな時。


やっぱり出会いは不意に訪れる。

初めて目にした虫は、だから隠蔽擬態なんてなんの関係もなく、ものすごい目立っていたし、なにより眩いオーラを放っていた。

真夜中の森の中で、ついに君と出会ってしまった僕は、竹取物語の中で竹取の翁がかぐや姫に出会ったときのように、うろたえ、動揺する、はずだった。


この6年間、この虫をクエストしているうちに様々な虫たちと出会った。

日本から初記録となったサシガメも採れたし、新種記載と相成ったサシガメも採ることができた。

ほかにも、いろいろ、発表を控えている貴重な出会いたちがあった。

それぞれの虫が刺激的で魅力的で、心奪われた。

件の虫はというと、他の人と仲良くしているようだし。

だから、竹取の翁ではなく、片思いだった憧れの先輩に10年ぶりに再会した翁、なんかそんな感じだった。

見つけた瞬間ギュッて胸が痛み、数秒のうちに、そうか出会ったのか!と現実を受け入れた。

ああ、その瞬間が来たんだな。

でも、当時想定していたほど、はしゃぐ気にはなれなかった。


虫屋の先輩*に、ついに採ったと、速報で伝える時のメールの一言も、とっくの前に考えていたのだけれど、食べる機を逸したマンゴーみたいにそんな言葉はくすんで小さく思えた。


それでも、この虫はやっぱりすごい。

なんてかっこいいの!あとからあとから、採れたことの実感、出会えた喜びが沸いてきた。

生きていてよかった。

今出会えたのは、そういうことかもしれない。

当時のテンションのまま出会っていたら、多分嬉しすぎてどうにかなっていたのだ。


そう、本気で思う一方、もう一つ、はしゃぐ気になれなかった理由を見つけた。

この虫を追いかけている間、さっき挙げたように我が虫採りの成果は神がかっていた(当人比)。

自分ひとりの力だけで採集にこぎつけられるものではもちろんないのだが、それを差し引いても素晴らしいものがあった。

この手で採りたい、という強い強い下心は、思いもよらない行動へ駆り立て、想像を超える発見をもたらすことがあるのだ。


なかなか採らせてくれないこの虫に焦がれつつ、いつしか僕は、採れてしまったらこの魔法が解けてしまうのではないかと、心の隅で恐れるようになっていた。

だから、採れてしまったから、もうこれから先素敵な出会いはないのではないかと、不安になってしまったのだ。


そんな出会いだった。出会ったから気づいた複雑な気持ちというか。


いや違う。

憧れの先輩はそんなことを伝えに現れたのではない。

何よりも誰よりも会いたいと思い、行動することの大事さを伝えに来たのではないか。

森羅万象、あまねく事象にはわけがあるようだ。

この気持ちでこれから過ごすこの虫との時間が良いのだろう。これでいいのだ。


ハラビロトゲサシガメはやっぱり良い虫だ。

一言で言うなら、情熱の虫。

この先一生大事にしたい、永遠の良い虫だ。



情熱の虫、ハラビロトゲサシガメ。_a0247891_04401471.jpg

急に熱帯な感じのするこの姿。沖縄ってところはほんとにすごい!






*隠蔽型擬態

生き物が、自分のいる場所の環境に溶け込むような体色、体型、動きをしている様。多くは被食者が捕食者の目を欺くためにそうするが、ハラビロトゲサシガメは捕食者でもある。また、この虫は主に夜間に活動するので、視覚的効果は薄いように感じられるのだが。とはいえ、実際はかなり早く動けるくせによっぽどじゃないと動かない感じとかは隠蔽型なやつによく見られる行動だし、日中に動くときもあるのだろうから、さらなる捕食者であるキノボリトカゲやそれこそノグチゲラの目を欺くのに役に立っているのかもしれない。


*虫屋の先輩

知る限り、随一の昆虫力を誇る沖縄のレジェンド虫屋の一人。沖縄のカマドウマ(バッタの仲間)は、このひとたちの手によって多くの種が発見され種の記載と整理が成された。勝手に僕の師匠の一人に認定。沖縄本島で初めてハラビロトゲサシガメを採った人は、ほかでもないこのひとだ。この一頭が採れていたからこそ「いる」と信じてこれまで探し続けてこれた。偉人にして恩人。



by archae88 | 2018-05-22 20:01 | ●虫 | Comments(0)
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