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アルカエの日々のこと

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ガマアシナガアリのこと。

2017年の夏の終わり、

仕事で泊まっていた宿で、ベランダの椅子に座って、アリの画像を見ていた。


そのアリがガマアシナガアリと呼ばれるのはもっと後で、この時はとにかく、毎日胸が苦しかった。

あまりにもすごい虫を見つけてしまったのではないかと、全身ぶるっていたのだ。

一方で、その代償で、この身になにか不吉なことが起きるのではないかと、ガチ目に心配していた。


赤と黒みたいなものが渦巻いて、胸がもう痛かった。

まさに恋心。携帯を握りっぱなしの浮つく乙女。

出会ってしまった彼女たちに、後には引き返せない運命を感じて戦慄していた。


この虫をどうしたいのか。人生で一番何かをまじめに考えた。

そんな出会いだった。



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アリを見つけたのは洞窟の中だった。


その頃、飼っていた別のとても良い虫をうっかり変な場所に容器ごと置き忘れてしまい、朝陽に当てて熱死させてしまっていた。

そのことを少しでも忘れたくて、洞窟に出会いを求めていた。

ちょうど洞窟の先輩が誘ってくれて、そういう流れだった。


かねてから探していた洞窟性のサシガメを、ここぞとばかりに血眼になって探した。


粛々と探索が続いたあと、ふと、アリが目に入った。

洞窟にアリがいること自体はそんなに珍しいことではない。それまでも何回か見つけていた。

ただ、そういったアリは例外なく『迷洞窟性』という、たまたま洞窟に入り込んでしまった本来地上に棲むアリだった。

今回のアリもそうだろうと、その時は思っていた。


でも、今まで洞窟の中で見つけていたのは大体ハリアリ亜科の種だったことを思い出した。

アシナガアリ属はこれまで洞窟の中で見たことがなかった。

とにかく吸虫管で吸って採集した。


それにしても体色が淡すぎるなと、思った。一見、眼がないように思えるぐらい、眼が小さかった。


自分が何を採ったのか、よくわからなかった。

たまたま色の薄い集団か?いや、眼が。


一緒に洞窟に入っていた先輩に、こんなアリがいたと報告したが、大したリアクションはなかった。

自分自身もそんな感じだった。

だけど胸騒ぎがした。これまでのアリとは違いすぎる。洞窟性のやつなのか?



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吸虫管の中のガマアシナガアリ。

*画像の個体は、発見当時、新種記載の研究に用いる目的で最小限採集したものです。

*現在は種の保存法により採集が禁止されています。



その後、結局サシガメは見つからず、洞窟を後にしたが、そのころにはもうアリのことで頭がいっぱいで、正直それどころではなかった。


帰宅し、洞窟のアリについてウェブで情報をあたってみた。


その胸騒ぎがピークに達したころ、『cave ant』のページにたどり着いた。

英語だったが、翻訳にかけてみて驚いた。

そこには、世界でたった1例のみという真洞窟性のアリの存在が紹介されていて、新種として記載された論文へのリンクが貼られていた。

真洞窟性種とは、一生涯を洞窟の中で過ごす、洞窟に依存して生活する種のことだ。


論文に図示されていたそのアリの姿(画)を見て、アッとした。

今回のアリととてもよく似ている!


ラオスから発見されたというそのアリは、ハシリハリアリの仲間で、今回のアリとは別種なのはわかったが、その小さな眼、長い触角と脚、全体のひょろっとした比率がそっくりに見えた。


そして、アリで洞窟性の種がなぜ存在しにくいかの議論も紹介されていた。

光の入らない洞窟は、生きものが暮らすにはそもそも厳しい環境であり、食べ物も乏しい。


そんな中でも、世界中で見ると、ゴミムシやエビ、魚、イモリなどわずかながら洞窟に適応し得た動物は存在する。


ただ、アリのように集団で暮らす社会性の昆虫にとっては、餌の要求量の大きさなども相まって一層厳しいのではないかと議論されていた。


これまで、世界で見つかっている真洞窟性の可能性のあったアリは、調査が進むにつれ洞窟以外の場所でも見つかり、真洞窟性のアリの存在については立証できずにいたようだ。

そんな中、ラオスから真洞窟性の可能性が高いアリが見つかり、世界でたった1例の稀有な存在として知られることになった。


…まさか、今回のアリは世界で2例目なのか。

こんな沖縄で?いや、沖縄だからか。

これは、とんでもないものを見つけてしまったのかもしれない。


それから、このアリについて自分はどうしたいか、悩んだ。

率直にどうしたいか書き出したりもした。

僕はアマチュアの一虫屋にすぎないが、あろうことか、恐れ多くも、『この手でこのアリを新種記載したい』と思ってしまった。


出張先のベランダでは、そういったことばかり考えてはため息を漏らす、乙女的おじさんになっていた。




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リュウキュウアシナガアリは普通に地上に見られる種。



それから、洞窟の周辺でアシナガアリがいそうなところを念入りに探してみたが、普通種のリュウキュウアシナガアリが見られただけだった。


やっぱりこのアリは洞窟の中にしかいない。それもバットグアノ(洞窟性小型コウモリの糞)の堆積している場所にしかいない。

いよいよ『世界で2例目』がちらついてきたころ、足に腫瘍が見つかった。


足によくわからない激痛が走り、病院で見てもらったところそうなった。

おそらく、この虫を見つけてしまった代償だろう。

あまりにできすぎたタイミングが、やはりこの虫は良い虫なんだと、確信させた。

本当にただではすまなかった。


いろいろ思いもあったが、もしこういう選択を迫られているとしたらどうだろう、と考えた。


・どなたか、記載に向けて力を貸してくださる先生がいて、このアリを記載することができる。ただし、最悪その後死ぬ。死なないまでも、今後これまでのようには生活が送れないし虫採りができなくなる


あるいは、


・だれかが記載してしまう。その後…元気?


どうだろう。どっちがいいか?


しばらく毎日、仕事で山を歩いていても、人と打ち合わせをしていても、ずっと考えていた。

ある日、夜中に一人で砂浜を歩いていた時、急に結論が出た。

「まだ生きていたい!」

でもアリの記載は諦めたくない!と、すぐ思い返すのだけれど、それが答えのようだった。


楽しくしている娘や、足を案じて「山に引っ張って行ってでも虫採りさせてあげる」と言ってくれた妻のことを思い出すと、『ここで死ぬわけにはいかない』と、それしか出なかった。


結論は出たが、生きていられるかどうかは当然その後の次第による。


ある日の診察で、事前に腫瘍の一部を摘出して検査していた結果が出た。

結果、足に見つかったそれは腫瘍ではなく、足の骨の一部の成長異常であることがわかった。


つまり癌ではなかった。

あまりのことにしばらく動転したが、嬉しくて、診察に行ったその足で家族で居酒屋でお祝いをした。


そうして、かねてよりお世話になっている先生に縁を繋いでいただき、九州大学の丸山宗利先生にご指導を賜ることになり、先生のお力添えによって、記載論文を仕上げるに至った。


つまり、この上ない最高のかたちで夢が叶ったのだ。

こんなことが、あるんですね?(いまだにこの件は夢のようで放心)


まず先生方、それから、いろんなことに理解を示してくれた妻と家族には、心から感謝の気持ちしかない。



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よく見ると、個体によって体の色やお腹に透けて見える素嚢(そのう、胃の一部)の状態が微妙に異なる。

*画像の個体は、発見当時、新種記載の研究に用いる目的で最小限採集したものです。

*現在は種の保存法により採集が禁止されています。



ところで、このアリは本当に良い虫だ。

いつから、なんで、どうやってそこで暮らしているの?

教えてくれよ。

その小さな眼、長い触角、抜けた体色。

当たり前のように、コウモリの糞をくわえて運んでさ。

変わり果てたその姿が、生き延びようと必死だった証拠だよね。

お前は美しいね。

お前の存在そのものが、命の力強さを表しているね。

恐れ入るよ。


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さて、出会いからもう何年も経っている。

今は関係機関と連携して、このアリの保護目的の調査を続けている。


保護の地盤が整うまでは、アリへの愛は胸の内にだけとしていたけれど、関係者間の熱い協同により、ようやく整いつつあるので、これからは漏れてもいいよね。


この先、一生をかけて、この虫のことを知りたい。

この虫の存在を脅かすものがあれば、全力で鉄槌を見舞いたい。


この出会いは間違いなく間違いではない。



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研究のためにお邪魔させていただいた九州大学にて。松葉杖がとれるのを見計らって家族全員で福岡へ飛んだ。この時の気持ちは一生忘れないだろう。




by archae88 | 2021-09-11 10:45 | ●虫 | Comments(0)
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